【抗議文】 東京電力福島第一原子力発電所からこれ以上の環境放射能の放出をすべきではありません! ―トリチウム等ALPS処理汚染水の海洋放出を止めましょう!-



私たちは、2011年の原発事故後、食卓に上る食品や身近な土壌等環境試料を自ら測定しようと立ち上がった全国の市民放射能測定室とその支援者の集まりです。様々な経路を経て現在も続いている放射性物質の大量放出に加え、さらに環境を汚染する東京電力福島第一原子力発電所(FDNPS)の汚染水放出を止めるよう、日本政府および東京電力に強く要望します。

■フクイチは既に世界中の原発が排出している総量を遥かに超える放射能を放出している!

 UNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)2013年報告によれば、すでにFDNPSからは750京ベクレル(7500ペタベクレル)もの放射能が大気中に放出されています。この放射能量は通常運転している世界中の原発が年間排出している放射能の総量をはるかに超える量です。

 日本政府やIAEA(国際原子力機関)は、トリチウムの排水基準60000 ベクレル/リットルを40分の一に希釈した1500 ベクレル/リットル以下のALPS処理汚染水の海洋放出は、「科学的根拠に基づく」、「国際安全規格基準を満たす」と声高に喧伝しています。ALPS処理汚染水に含まれるトリチウム以外の62核種※も核種ごとの排出基準との比の総和が1を超えることはないとしています。しかし、基準をクリアするために薄めて流すという手法は1970年代に横行した公害企業と同様の所業で新たな環境汚染行為の実施宣言に他なりません。海洋放出について、政府やIAEAの掲げた錦の御旗を無批判に広く国内外に情宣するマスコミ報道もまた遺憾です。日本政府やIAEAの依拠する基準は、原子力施設の正常運転時の基準です。しかし、2011年に東京電力が引き起こしたFDNPSの3基の原子炉のメルトダウンから12年経った今も、その核燃料デブリの状況さえも掴めず、廃炉の道筋は全く見えません。FDNPSからはすでに多種多様で大量の放射性核種が放出されています。これ以上の環境負荷、地球上に生を営むものへの人工放射性物質の負荷は許されないことと考えます。

■健康被害リスクに閾(しきい)値はない。予防原則に則って海洋放出はすべきでない

 1895年にレントゲンがX線を発見して以来、私たちは放射線から多くの恩恵も受けてきましたが、一方、低線量被ばくによる健康被害リスクや広島・長崎の原爆投下に見るような大量殺戮をも受けてきました。放射線防護の歴史はできる限り放射線被ばくリスクを少なくすることを目指したものです。しかし、放射線防護に関する民間の国際学術組織であるICRP(国際放射線防護委員会)は、歴史的な変遷にあわせた考え方で放射線防護の勧告をしてきました。1954年実現可能な最低レベル(The lowest possible level)、1956年/1957年 実行可能な限り低く(as low as possible: ALAP)、1959年実用可能な限り低く( as low as practicable:ALAP)とリスクアンドベネフィット手法に基づく微妙な変遷を続けてきました。この1959年ICRPは世界保健機構(WHO)、IAEA、UNSCEARと連携し、IAEAの影響を受けるようになったと言われています。1973年勧告ではさらに、線量低減による経済的・社会的便益が、線量低減に必要な経済的・社会的費用と等しくなるようにすることで、すべての線量を容易に達成できる限り低く制限できる・合理的に達成できる限り低く(as low as reasonably achievable;ALARA)とされました。しかしながら、それでもICRPは低線量の放射線被ばくによる確率的影響についてはLNT(しきい値なし直線)モデルの考え方を堅持しています。LNTモデルに懐疑的だった原子力大国フランスでさえも、2005年のフランス科学アカデミーと医学アカデミー共同報告書では、約10ミリシーベルトを超える線量の放射線防護規則を定めるためには実用的で便利なツールになりうるとしています。また、NRC(米国原子力規制委員会)は数年間の検証結果を基に2021年に「LNTモデルが、公共のメンバーと放射線作業員の両方への不必要な放射線被ばくのリスクを最小限に抑えるための健全な規制基盤を提供し続ける」としています。

 私たちは、低線量被ばくによる健康被害リスクに閾(しきい)値がないとするLNT(閾値なし直線)モデルを支持します。また、1992年リオデジャネイロの地球環境サミット(環境と開発に関する国際会議)で確認された予防原則の考え方を支持します。したがって、それらの科学的根拠に基づいて、これ以上の余分な被ばくを避けるために、日本政府・東京電力がこの夏にも強行しようとしているトリチウム等ALPS 処理汚染水の海洋放出に断固として反対します。

■処理汚染水の海洋放出は「風評」ではなく「実害」。流さずタンク増設と汚染水発生量をゼロにする努力を!

 トリチウム等ALPS 処理汚染水の海洋放出については、国内外から反対の意見表明がされていますが、とりわけ、経済的にも多大なる影響を受けることが予想される漁民や流通・加工などに関わる水産関係者の方々の声を無視しての強行は許されません!

 政府は「風評」対策をとって、水産業者の方々の理解を得ようとしています。しかし、このことは、決して「風評」ではありません。水産業者の皆さんにも、私たち消費者にも、原発事故による放射能の環境放出は、健康や経済問題等に関する「実害」です。FDNPS構内には約64ヘクタールの空き地が残っていて、汚染水タンクの増設は可能です。この空き地に関して東電と政府は、事故直後に発表された30~40年廃炉ロードマップの遂行上必要だとしています。しかし、このロードマップを誰が信じているというのでしょうか。日本原子力学会福島第一原子力発電所廃炉検討委員会の廃棄物検討分科会中間報告(2020年7月)も、廃炉に必要な期間を100~300年としています。廃炉に向けての核燃料デブリ回収のめども立たず、ひたすら冷却水を注入し続け高濃度汚染水を生み出し、その処理のために薄めて海洋放出という安直な方法を選択する現状から見て、30~40年廃炉ロードマップの設定は虚構でしかありません。まずは炉心冷却を空冷方式にし、これまで12年間も止めることができていない経路不明な汚染水の漏洩を止めるなど、汚染水の発生量を可能な限り減らす本気の努力こそが必要です。さらなる放射能の環境への放出を減らすことこそ事故を引き起こした責任企業の責務です。



※ IAEA安全性レビューに関する包括的報告書(2023年7月4日)に記載された日常的な検出核種とは、セシウム(Cs)-134、Cs-137、コバルト(Co)-60、アンチモン(Sb)-125、ルテニウム(Ru)-106、ストロンチウム(Sr)-90、ヨウ素(I)-129、トリチウム(H-3)、炭素(C)-14、テクネチウム(Tc)-99 である。