2021年の3.11 市民測定の記録


住む場所も、生き方も違う私たちが、2011年の3月11日に起きた東日本大震災による「福島第一原発事故」によって出会い、「市民測定室」を作り、みんなのデータサイトという仕組みによってともに学び、情報を得、互いに励ましながら、今日まで活動してきました。

それぞれの測定室には、設立から2021年3月11日に至るまで、たくさんのドラマがありました。
ときには乗り越えがたいと思われる困難があり、そのたびに応援してくださる方々の力を借りて測定を続けてきました。

3.11から10年の今、市民測定に関わる私たちが、それぞれの活動の記録をのこし、公開することにしました。

名もなき市民が誠意と熱意を持って、歩み続けたこの10年を知っていただければ幸いです。



食品の基準値改悪に反対するオンライン署名にご協力ください!!




2021年の3.11 市民測定の記録

  • 真実を知って、子どもを守る。まだまだやめるわけにはいきません!

    さっぽろ市民放射能測定所 はかーる・さっぽろ 富塚とも子

    さっぽろ市民放射能測定所はかーる・さっぽろは、北海道でいち早く福島の子どもたちの長期保養を始めた「福島の子どもたちを守る会・北海道」(以下、福島子ども・北海道)の測定部門として2012年5月に活動を始...

  • 低汚染地域で測るということ

    さっぽろ市民放射能測定所 はかーる・さっぽろ 竹ノ内研司

    札幌では幸いにも福島原発事故の直接の影響はほとんど受けずに済み、そのためもあってか市民からの放射能測定を望む動きは、主に小さな子供を持った若いお母さんたちなど食の安全に敏感な女性たちから起こりまし...

  • はかーる・さっぽろとの出会い

    さっぽろ市民放射能測定所 はかーる・さっぽろ 本郷千弥子

    テレビに映る信じられない光景を見ていたのは夫の母の葬儀式場である寺においてであった。 シニア海外ボランティアとして2年間の活動から帰国して半年後の2011年3月11日のことである。 葬儀の合間に見るテレビで...

  • 少しでもマシな未来を見たいから

    さっぽろ市民放射能測定所 はかーる・さっぽろ 佐々木百合香

    「何を食べさせたらいいのか…」放射性ヨウ素がホウレンソウから検出、というニュースを聞き、私は混乱した。娘たちは9歳と5歳。放射能も怖かったけれど、娘たちに「残さないで食べなさい」「感謝して食べなさい」...

  • はかーる・さっぽろの継続を願って

    さっぽろ市民放射能測定所 はかーる・さっぽろ 小川 光子

    札幌の豊平区に住むようになって間もなく(1985年冬)近くの西岡公園(旧水源池)で突如ボート場の建設が始められました。 この公園は月寒川を堰きとめ作られた旧水源池と湿原が森に囲まれ、クマゲラなど希少種...

  • 原発事故から10年

    みんなの放射線測定室「てとてと」 専従スタッフ 北村 保

    2011年3月、原発事故直後「ここから引っ越すか?」と、ずいぶん悩んだことを今も思い出します。 事故前までに19年住んできたこと、運営している小さな学習塾で勉強を教えている子供たちも暮らしていること、そ...

  • たやすくはない時代を越えて

    認定NPO法人 ふくしま30年プロジェクト 阿部 浩美

    この10年を振り返り思い出されるのは、2013年前半に福島市中心部で見付けたホットスポットのことです。まずは、4月下旬に福島県立図書館(以下、県立図書館)や福島市立図書館(以下、市立図書館)の駐車場でホッ...

  • 初めての放射線測定

    認定NPO法人 ふくしま30年プロジェクト 清水 義広

    2011年3月11日、大きな地震を受けました。一度揺れが収まっても、何度、何度も繰り返す余震。初めての体験でした。慌ててラジオを付けると、仙台湾で高さ10メートルの津波予報、信じられませんでした。 次の日、...

  • 「那須希望の砦」10年の記録

    那須希望の砦 竹原 亞生

    1.「那須希望の砦」の立ち上げ 福島第1原発から約100Km離れた那須地域は、放射性物質が飛来し、福島とそれほど変わらない放射能に汚染されました。(図―1) 地域の人々は不安に陥りましたが、事実を直視し、...

  • この10年を振り返って

    益子放射線測定所 川崎桃子

    福島第一原発事故から約2ヶ月後、私の身近なところで身近な人たちが声を掛け合って放射能について考える会が開かれました。そこに参加していた子育て中のお母さんたちが集まって、不安を抱えたままひとりで悩ま...

  • Teamめとばの10年

    JCF Teamめとば 日本チェルノブイリ連帯基金事務局長 神谷さだ子

    2011年3月11日の大地震、翌12日地元紙の編集局から連絡が入った。原子力発電所が爆発した、と。 1991年から、チェルノブイリへの支援活動を続けてきたJCF(日本チェルノブイリ連帯基金)にとって、ベラルーシへ...

  • その先へ

    JCF Teamめとば 日本チェルノブイリ連帯基金事務局スタッフ 横内香苗 

    原子力震災から10年目を迎える。事務局の3階に2011年の秋に測定器が設置され見えない放射能と向き合ってきた。 高汚染の土壌の数値を見た時は現実として受け止めるしかなかった。10年経った今でもホットスポット...

  • エネルギー問題について

    JCF Teamめとば 学生メンバー 岩田崚平

    震災当時、私は中学1年生で愛知県にいました。愛知では強い揺れは感じられませんでしたが、先生方が慌ただしくしていたのを覚えています。 当時は事故の大きさを全く理解できておらず、毎年世界のどこかで起きて...

  • 測定に支えられて

    森の測定室 滑川 代表 根岸 主門

    森の測定室は、2012年秋にスタートした市民放射能測定室。 母たちの、子どもたちを被ばくから守らなければ!!という思いから始まりました。専門的な知識を持って・・・というタイプの測定室ではなく、普通のお...

  • ボランティア9年目、個人的に思うこと

    森の測定室 滑川 スタッフN

    今回東日本大震災、東電福島原発事故から10年を機に、個人的な記録を書いてみることにしました。 2011年4月4日、初めての孫が誕生しました。娘、18歳、シングルでの出産でした。 東日本大震災と東電福島原発事故...

  • 「私たちの10年 もりそくスタッフ座談会」

    森の測定室 滑川 もりそくボランティアスタッフ

    ―――森の測定室に携わってきてどんなことを感じている? まさみ:放射能測定だけではなく子育てや食の学びをこの場所でしてきたね。 ようこ:日常のほんの些細な「こんなこと聞いてみたい」が聞けたり一緒に考えて...

  • 「高木仁三郎記念ちょうふ市民放射能測定室」より

    高木仁三郎記念ちょうふ市民放射能測定室 藤川 泰志

    3月15日、火曜日。福島第一原発サイトを巨大地震と津波が襲ってから5日め、調布市での原水爆禁止運動の仲間である久保真一さんに同行をお願いして市役所へ急いでいました。原発問題の専門家たちが多く投稿し...

  • 私たちの願い ~「放射能の可視化」の記録は現実を変える~

    とやま市民放射能測定室 はかるっチャ 運営委員代表 道永麻由美

    「とやま市民放射能測定 はかるっチャ」は、2011年から3年後の2014年に開設しました。 富山県は幸いにも福島原発事故による放射能汚染を直接受けることはほとんどありませんでしたが、富山県が2012年「震災がれき...

  • なぜ、市民が自ら食品の放射能測定をしなければならなかったのか ―未来につなげる・東海ネット 市民放射能測定センター(C-ラボ)の経験から

    未来につなげる・東海ネット 市民放射能測定センター(C-ラボ) 大沼章子

    福島原発事故から1年後の2012年6月17日、名古屋大学で開かれた日本保健物理学会第45回研究発表会の「放射能汚染と食の安全」市民公開シンポジウムでの報告を依頼されました。 私は、福島原発事故の10年前まで、...

  • Cラボの10年をふりかえる

    未来につなげる・東海ネット 市民放射能測定センター(C-ラボ) 大沼 淳一(Cラボ運営委員)

    福島原発事故後10年、新聞各紙がこの10年をふりかえる特集記事を組んでいます。市民運動も10年の節目を意識した企画を考えています。みんなのデータサイトも、事故後10年間に何が起きたのか、市民測定所は何が出...

  • 放射能測定活動を振り返って

    はかるなら(奈良・市民放射能測定所) 村上 荘一

    私たちの測定所は開所からほぼ8年経ちます。近畿地方では京都市民放射能測定所に続く2番目の測定所です。その後近隣の府県からも同様の測定所が次々誕生し、現在ではそれらの測定所とネットワークを形成してい...

  • はかるならの歩みとこれから

    はかるなら(奈良・市民放射能測定所) 辻本 誠

    (1)はじめに 「はかるなら」は開所以来、丸8年になります。会員番号は220を超えていますが、退会や未更新がありますので、実質の登録会員は100名前後になっています。とりわけ昨年4月からはコロナ禍...

  • まさか自分が測るとは思って無かった10年間、今後20年は測り続ける決意

    京都・市民放射能測定所 副代表兼 きょうと・くっすんらぼ 家主 楠本泰一郎

    2011年の3月は長女の小学校入学、長男の幼稚園入園を控え、次男はまだ0歳でした。 そんな中起こったのが東日本大震災、福島第一原発事故でした。 ただ放射能と言うものはよくわからない、行政の出す情報をどこま...

  • 企業の社会的責任

    南福崎土地株式会社 測定室 末野泰崇

    この測定室は一民間企業の社会貢献の一環として2012年6月に開所しました。当初は放射能測定室と名付けたいと思っていましたが、周囲の放射能に対する拒否反応があった為にただの測定室と名付ける事になりました...

  • 測定活動を振り返って-多くの出会いと支えに感謝

    阪神・市民放射能測定所 安東克明

    阪神・市民放射能測定所は、原発事故から2年後の2013年5月に開所しました。きっかけは、西宮市に母子避難して来ていたお母さん方との出会いでした。関西で原発事故に自分たちの問題として向き合い、避難移...

  • 3.11で芽生えた危機意識

    阪神・市民放射能測定所 影山 竜

    2011年3月11日のその瞬間は東京都目黒区にいました。 勤務先の取締役の方が車通勤で、当時私が住んでいた川崎市多摩区の隣の麻生区にお住まいだったので、幸い帰宅には苦労しませんでした。 原発事故の影響もあ...

  • 京都・市民放射能測定所 8年間の取り組みを振り返って

    京都・市民放射能測定所 事務局長 佐藤和利

    京都・市民放射能測定所が誕生したのは2012年5月19日です。関西初の測定所としての開設でした。まず2011年当時のことを振り返ってみますと、私にとってショックだったのは、飼育されている肉牛が「汚...

  • 福島第一原子力発電所の事故から10年経過する現在において初心を振り返る

    おのみち -測定依頼所- 杉原 宏喜

    ○設立の経緯 地域性や原発事故避難者等の事情を勘案し、測定所ではなく、測定依頼所を2013年2月に設立。代表者には精力的に避難者支援活動していた「信恵」氏に依頼した。 福島第一原子力発電所の事故以降、...

  • 「サイヤンス」を支えた 10年とこれから

    斉藤 賢爾 (早稲田大学 大学院経営管理研究科 教授)

    「みんなのデータサイト」には開始当初から関わり、慶應義塾大学 SFC研究所パブリックテクノロジーデザインコンソーシアムと WIDE プロジェクトを通して、大学を跨いだクラウド上で、データサイトのウェブサーバ...

  • みんなのデータサイトとの関わり

    石原 佳典

    2011.3.14の福島第一原発3号機の爆発映像を見たら、核爆発だと思った。 首都圏からの避難の車が山梨・長野方面に押し寄せ、中央道が大渋滞になると思ったが、全くそうはならなかった。 山梨の片田舎では、私は過...

  • 「遊び場の土を測りたい」から始まった。生き延びるための記憶のリレー。

    「図説・17都県放射能想定マップ+読み解き集」デザイン・レイアウト担当 荒木直子

    2011年、世田谷区にある冒険遊び場”羽根木プレーパーク”との出会いがあり、翌年から2歳の娘を連れて毎日のようにプレーパークで外遊びをしていました。 こぶたのように泥まみれになって、遊び回る子どもたちの姿...


2021年の3.11 市民測定の記録